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建物と土台

  • 2005年10月27日(木)
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 10月23日の新潟中越地震の際、昔からの礎石の上に柱を建てた 神社、仏閣、民家住宅の被害が、意外と少なかったそうです。かたや、一部専門家の間では、基礎の上に土台を伏せ、柱を建てる木造が、意外と地震に弱いという指摘もあるそうです。これは、多分、土台を固定することで、水平力が、柱・梁の接合部、筋交に集中するからでしょうか。
 ところで、この土台の上に柱を建てる工法は、いつ頃から始まったのでしょうか?当初私は、米軍の進駐軍住宅から始まったと思っていました。ところが、先日、京都の下鴨神社北隣の河合神社(鴨長明;1155年〜1216;の神社)で、「方丈(約3m四方の建物)」に出合いました。これは、移動に便利なように土台を伏せて柱を建てる組立式となっています。所謂、土居柱の構造です。多分、鴨長明は、この中世風組立式住宅(プレファブ)を移動させながら、方丈記を書いたのでしょうか。ところが、いろいろ調べていくと、鴨長明以前にも、洛中の商家や、一般庶民の長屋では、かなりこの土居柱構造の建物が見られました。江戸の長屋もこの構造でした。しかし、土台が土と接するため、かなり腐食が早く、あくまでも庶民の建物であり、仮の住処であったようです。
 この、土居柱構造が、コンクリート布基礎の上に納まるようになるのは、明治の洋風建築の頃からです。さらに一般庶民住宅にも、布基礎が使われるようになるのは、戦後の昭和30年頃からでした。
 ところが、この本来プレファブであった土居柱構造が、礎石柱構造を駆逐したのは、皮肉にも建築基準法の施行からでした。さらに、礎石柱構造を決定的に排除したのは、住宅金融公庫の構造基準でした。布基礎でなければ許可が出なかったのです。今、地震の後、礎石柱構造が地震に対し、かえって有効だったという報告を聞くと、複雑な思いがします。
 今後 木造住宅の建築については、布基礎構造のものと、礎石構造のものとは、別の考え方にて確認申請を受け付ける動きがあるようです。これによって、従来からの、神社・仏閣建築や、数奇屋、茶室建築等の伝統の技が、次代に継承されるのではないかと、期待しております。